卵が先かストライドが先か

気付けば高校入試も終わり季節が着実に春へと進んでいることを実感します。
そんな2025年のRIXPERTは、分析オプションでのAIを使用したフォーム解析からスタートしました。

挑戦の始まりは夏の暑い時期でした。
7月の通信陸上が終わり、100mでの全国大会標準記録に届くことができなかった選手の振り返りをしていたときです。

走る速さはピッチ×ストライドで決まる。
そしてストライドがここまで伸びれば計算上は〇〇秒で走れる。
大会ごとのピッチ・ストライド分析ではそんなコメントを書くこともありました。
また、ストライドを伸ばすことに向けて、パーソナルトレーニングをはじめ意識的に取り組んできましたが、現実は簡単なものではありませんでした。

どうしたらストライドが伸びて目標タイムを達成できたのか。
同じような課題を持った選手が次に現れた時に、何をしてあげれるのか。

そう振り返りをしていた時に感じたことは、指導者としての限界と悔しさ、申し訳なさです。
選手としての経験や指導者としての経験に頼りすぎていなかったか。

今一度スプリントを学び直すしかない。
そうした中で数冊の本や論文を読む中で興味深い一冊と出会いました。

海外の本を日本語に訳した本で、中々読みづらい文体の本なのですが内容はスプリントに関する近年の海外の論文をもとに構成されています。
その中で走速度の構成要素としてピッチとストライドが挙げられていたのです。

これだ!
ここに探していた答えが見つかるんじゃないか!!

しかし読み込んでいくうちに問題が一つ生まれます。
ストライドの構成要素として挙げられた4つの要素のうち、ストライドに関係があるのは水平離地速度だけという話になります。水平離地速度とは足が地面から離れる際の体のスピードのことで、結局のところ速く走れているかどうかということになります。

走るスピードが高まればストライドが伸びる。

ここではそう述べられているんです。


あれ、ちょっと待って。

ストライドが伸びれば走るスピードが高まる。

こうじゃないんでしたっけ?
ストライドが先か走るスピードが先か。
本を読めば読むほど理解できましたが、どうやら事実は思っていたものと逆のようでした。
この事実を理解できた時、新たな世界が広がりました。

ストライドは原因ではなく結果である。
測りやすい指標の一つとしてはストライドは意味のある数値となりますが、速く走るために重要な要素はもっと別にありました。

そこからは、さらに理解を深めるために本で紹介されていた論文をやそこから派生する国内外の論文をgoogle翻訳を介しながら読み込みました。
KP Clark,Peter Weyand,JB Morin,Tobias ALT,Nagahara R,Miyshiro Kなど、知っている人は知っている国内外の著名なスプリント研究者たちです。論文の翻訳精度もかなりのものとなり、本当にgoogle先生には頭が上がりません。
走るという単純な運動ですが、読めば読むほど奥深く、そしてまだまだ明らかになっていないことが多くあることが分かります。

その中で速く走るために必要なキーワードが見えてきました。
「接地時間」と「スイング速度」です。

これを測定して数値として見える化できたら…。
その頃には季節が冬になり始めていました。

太ももに直接機器を巻き付けてスイング速度を測定しよう。
当初はその方向性を考えており、色々と検討しましたが実現は困難に。
やはり動画から関節の座標を検出して角度などを算出するデジタイズというものを行うしかありません。
大学等の研究で行われている手法なのですが、そもそも専用のソフトが高価であることと、動画の1コマ1コマで関節点をチェックしていかなくてはならず途方もない時間がかかる作業となってしまいます。

何とかならないか…。
調べていくうちにたどり着いたのがAIでした。
時代の進化はすさまじく、今はAIが関節点を検出してくれる時代です。
ただ主な用途は立ち姿勢や歩行レベル。
走りの分析にも応用できるのかは未知数でした。

ここからが苦難の始まりでしたが、あれやこれやを経て何とかAIでの関節点の検出にこぎつけました。
これでいける。
その見通しが立ったのは年をまたぐ頃でした。

ということで1月の分析をAIを用いたフォーム解析として実施する流れになりました。
そこからはAIが検出してくれた関節点の座標をもとに、関節の角度や角速度などを算出するプログラムを作り込んでいきます。
その際に高校で勉強する三角関数を使用するのですが、文系だった者からすれば三角関数なんてどこで使うんだと思っていたものです。
まさか自分が使う日が来るとはでした。
さらに数値をグラフ化して見やすくするプログラムなどを作り込み、気付けばプログラムは4000行を超えるものに。
そして、プログラムを作りながら各選手の動作の撮影・分析を行っていきますがAIも完璧ではありません。
足が重なる座標や、ズレが生じている座標を手作業で修正していきました。

結果が集まるにつれ多くのことが見えてきます。
論文との一致点や相違点、選手ごとの特徴や年代ごとの特徴、クラブの傾向や課題など、60人を超えるデータが新たな世界を開いてくれました。
ストライドとは何か、ピッチとは何か、接地角度変化とスイング速度、接地時間の関係、そして速く走るとは何か。
百聞は一見に如かずと言いますが、実際に測定をしてみなくては分からないことばかりでした。

最後に説明資料を作り出したものの、ボリュームが膨らみすぎ40ページを超える資料となってしまいました。
難解な資料となってしまいましたが、たどり着いたことは昔から言われているシンプルなことです。

最適な腰の高さで
前だけでなく後ろにも大きく
タイミングを先取りして
できるだけ勢いよくスイングする

これができると接地時間が短くなり速く走れることにつながります。
夏から始まった挑戦の結論はここにありました。

しかし、本当に重要なのはここからです。
「分かっている」ことと「できる」ことには大きな隔たりがあります。
今回分かったことをクラブのトレーニングにどう落とし込んでいき、選手一人ひとりの動きにどうつなげていくか。
ここ無くして成果はありません。
また、シーズン中の全力疾走ではまた違った数値が出る可能性もあります。
定期的な分析を行いながら、今後も数値の変化を確認していきます。

課題が見つかる
情報を集める
測定したい項目が見つかる
測定方法を検討する
システムを作り込む
各選手の数値を算出する
結果をまとめる
資料を作る
今後のトレーニングにつなげる

今回行った1月の分析は本当にチャレンジングなものとなりました。
全ては指導者として悔しさ、申し訳なさからの始まりです。
悔しい思いをさせてしまった選手たちの思いに報いるためにも、そして次の世代の選手たちのさらなる成長のためにも、指導者として日々進化を続けていきます。

夏の始まりからを考えると膨大すぎるほどの時間を費やしましたが、やりがいのある充実した時間にもなりました。
そして2月は記録集の編纂作業に取りかかり出します。
その様子はまた後日ご期待ください!

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